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INTERVIEW

1985年 専門料理7月号「今月の顔」より

郷土料理が持つ力強さを表現したい

山崎正二氏(元 行形亭料理長)
 
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県外からのお客様は地元の味を欲している

 私どもへいらしてくださるお客様は、昔は地元の方がほとんどでしたが、10年ほど前から県外からの方が増えてきました。ことに、ここ数年は、上越新幹線、関越自動車道の相次ぐ開通によって、首都圏からのお客様が増えています。
 確かに、その時代、あるいは客層の変化によって、どういう風な料理が好まれるのかということを私たち料理人は常に頭においておかねばなりません。あくまでも、こういう味、こういう料理でなければいけないんだといった縛ったものの考え方では、いけないと思います。何でもお客様に合わせるということではありませんが、お客様に喜んでもらうことは料理の基本的な考え方だと思います。
 しかし、日本料理そのものの基本はあくまでも同じですから、これはキチンと守っていかねばなりません。ただし、どうしても雪国の人間は、しょっぱいものがないと、こちらの言葉で毒気がないといって満足しません。これに対して、旅の方は、だしをきかせた方を好まれるので、そのくらいの味の加減はします。
 ここ10年くらい前から、意識的に新潟の古くからの家庭料理を、 一、二品献立の中に加えるようにしたのも、そういった客層の変化に対応することを考えてのことです。新潟の味を期待して食べにきてくださるわけですから、それに応える必要がでてきたわけです。
 南蛮エビやブリ、タラバガニ、サケなどは新潟の味として知られていますが、現在では地元だからといつて特に安く手に入るわけではありません。品質のよいものは、むしろ、築地などより入手しにくかったり、高かったりする場合もあります。そうしますと、地元の材料といっても、お客様に満足感を与えることは難しくなってきています。
 そこで、主人からの要請もあつて、地元に古くから伝わる家庭料理を積極的に取り入れてみようと研究しているわけです。最近では、地元でもそういった家庭料理を作らない家が増えてきました。ですから、地元のお客様にむしろ喜ばれる場合が多いのです。
 それに、はしやすめ程度に取り入れると、献立に味の変化だけでなく、料理の変化もだすことができます。その意味でも、こういった素朴なものも必要ではないでしようか。

これからは野菜料理に力を入れたい

 いろいろ調べてみますと、地元にも捨てがたい郷土料理がたくさんあるのですね。そういった家庭料理には、そう高価な食材は使いません。魚でも小魚とか大衆魚が多く使われます。それに、句の野菜が多く使われます。
 昔は、野菜の煮ものなど、お客様に見向きもされず売れなくて困った時期がありましたが、ここ数年、野菜の煮ものがほしいというお客様が増えてきました。素朴な味を求めるお客様が増えているような気がします。その意味では、昔はお惣菜の材料といつて馬鹿にしていたものも、今、見直す必要があると思います。
 実際に、私どもでどのように郷土料理を献立の中に取り入れているかいくつか紹介しますと、たとえば、春はイワシやキスを使った料理、初夏になりますと枝豆、この場合は塩茄でにしてドサツとだします。茄で方によって熱くても冷たくてもおいしく食べられます。秋は、やはり地元の川で獲れるサケ、それにゴイと呼ばれる黒クフイを使った料理。これは、歯ざわりを楽しんでもらいます。
 このような地元の家庭料理を料理屋でだす場合、注意しなければならないことは、よりおいしくしようとするために、手を加えすぎて、郷土料理が持っているアクのようなものを抜いてしまい、本物の味から遠く離れてしまうことです。昔は、それぞれの家の味があって、それが一つの魅力だったわけです。郷土料理としての味と作り方は変えずに、行形亭の味をだしたいと思います。
 ただし、見ための形を大切にすることだけは心がけています。家庭なら煮くずれてもおいしければよいのですが、料理屋ではそうはいきません。その点だけを押さえておけば、むしろ材料の持ち味を生かすことを目的とした郷土料理の本質を大切にしていきたいと思います。
 郷土料理に関連して、最近、特に関心を持っているのは野菜料理を献立の中にうまく取り入れていく方法はないかということです。自分が齢をとつてきたこともあるかもしれませんが、手間ひまかけて、材料の中心まで味が同じになるように火を細めにして、じっくりと煮上げていく仕事に魅力を感じます。
 そのように手をかけたおいしい野菜の煮ものを食べた時に、その人の気持ちが伝わってくるようで、私はうれしいのです。恐らく、お客様も同じように感じるのではないでしょうか。そういう方面に、これからもっと力をいれてみたいなと思っています。
 主人は、「行形亭の建物、料理、庭、すべて、お客様のものと心得て、私たちはその管理人という立場に徹しなければいけない」と、よく私たちに話します。ことに、料理においては、お客様にいかに喜んでもらうか、いかに満足してもらうかを常に考えて、お客様の気持ちに合うようにしなければいけません。
 その一方で、主人から教わった教訓とか、料理に対する姿勢、味付け、また行形亭の昔からの伝統の料理から教えられたものをキチンと守っていくことを、これからも、あくまで基本にしたいと常日頃肝に銘じています。それが、行形亭の味を作つていくことにつながるのだと思います。