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INTERVIEW

1985年 専門料理5月号「今月の顔」より

自然な素材で料理人の仕事が変わる

今井克宏氏(三鞍の山荘 シェフ )
 
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一日一組のために料理をつくる、とは

 僕が浜松で料理長として仕事を始めたころは、スタッフと僕との年齢差もそれほどなかったんです。ところがだんだんスタッフが一人前になって僕のもとを巣立っていくと、残ったスタッフの年齢が若くなってきます。年齢が互いに近いと僕が考えている料理がすんなりと出ていくんですが、離れてくるとやはり感覚が違うのか、その違いが料理にもはっきりと出るようになるんですね。そこがホテルというような大組織とレストランとの違いでしょうね。かといって自分と年齢も経験も近い人をスタッフとして来てもらうということは、経営的にもむずかしいですしね。そこで自分一人の料理を一日一組のお客さんだけに出す、という今の形を考えるようになってきたんです。つまり最初からこの形を考えていたわけではなくて、いろんな経過の中で、この形にたどりついたといっていいでしょう。
 というのも、若いころは多くの客を相手にすることがものすごく楽しみだったし、スタッフを動かすのも好きでしたから。むずかしい問題が起されば起きるほど、料理長としての生きがいを感じていたわけです。それが40歳代になると、若い人を教えることはできるけど、自分の職場で一緒に仕事をするのが、だんだんおっくうになってきたんでしょうね。ちょっと体をこわしたこともあったし、前から丸梅さん(東京。四谷の日本料理店)の、一日一組のためにのみ料理を作るという形式に、とても共鳴しておりましたから、料理人としましてね。
 一日一組のために料理を作るという今の形は、これまでの浜松での自分の仕事に関心を持ってきてくれたお客さんがいなければ、むずかしかったですね。何しろ電話一本だけが頼りで、それ以外はロコミだけですからね。昔の仲間から、これまでの仕事からの逃避だといわれたこともあるんですが、僕はむしろ一歩ひいてるというよりは、強く押しているつもりでいるんです。
 現在は月のうち半分はここで料理教室を開いています。家庭の主婦だけでなく、天ぷら屋の主人、日本料理店の主人、コックさんなどいろんな方々が見えています。私は人に教えるということが好きですから、何の苦にもなりません。講習会もやっています。これは出かけていってその時間内で教えてしまえばいいのですから楽なものです。しかしレストランというのは、仕込みから、帰ったあとの余韻まですべて作らねばなりませんから、時間と神経を使います。かなリハードですよ。そしてこれらをすべて一人でこなすわけですしね。元旦でも仕込みをしなければならないこともありましたし、いってみれば365日何らかの仕事をしているわけですから、ある意味では普通のレストランよリハードだといえるかもしれません。

“洋食屋さんの料理”を身につけてほしい

 客層は毎日、まったく違います。プロの人が食べに来る時は、それなりの料理を作らなくてはなりませんし、いろいろ悩みます。その翌日は若い女性の誕生日のパーティーだとすると、ガラッと変えて若い女性向けに料理も雰囲気も考えるわけです。最近では一年に一度日を決めて私のところで合流し、集まるというグループも増えてきています。実際にやってみるまでは、こんなにうまくいくとは思っていなかったんですが、最近では自分に自信が持てるようになってきました。様々な客層に応えるためには、料理もまた洋食屋さんの料理からフランスの三ツ星の料理まで、そのお客さんに合わせて作るわけです。
この洋食料理というのは、本当の意味で日本人に根付いてきた料理ですから、やはり今でも強い人気があるのです。ところが最近の若い料理人さんたちはコロッケとかハヤシライスといった洋食屋さんの料理をだんだん作れなくなってきていると思うのです。
 このままいくと技術がなくなってしまう危険がある。やはり、こうした技術を一度は経験してから今の新しいフランス料理の技術を学んでほしいですね。私のところから独立した人たちは皆よくやっていますが彼らの評判がいいのは、底にこの洋食屋さんの技術を持っているからだと思っています。
僕は今、素材はすべて自然じゃなきゃいけないと思っています。それを求めていると、必ず協力者が乗ってくれます。今の私の料理は、こうした素材作りの協力者たちによって支えられています。今回使った野菜はみな、そうした協力者の苦労のたまものです。サラダ用のホウレン草、オニオンプラン、トマト。トマトなどは、わざわざこのトマトを食べたくて東京からお客さんが来てくれます。
 カエルは、カエルの中でも一番清流に住んできれいな身質のトノサマガエルを使っています。これはカエル取りの名人がとってきて天竜川のそばの池に離すのですが、池の環境さえよければ、カエルは決して逃げださないのです。
 このように、農家の人には、自然の中での野菜作りに努力してもらい、良い素材を作ってもらう。そうすれば、僕たち料理人の仕事もずい分変わってくると思うんです。かつて私がハープやスパイスの普及に努力したことが定着してきたように、自然の野菜の旨さも、必ずみなさんが分かってくれると思います。
良い素材があれば、あとはその素材をどう生かすかを真剣に考えればいいのですから。それには料理する側に幅の広さが必要ですがね。こうした時代がやってくれば、本当に素材と料理とのすばらしい出会いが出来るようになってくると思うのです。