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シェフ奥田政行とライター三好かやの 東北のすごい生産者に会いに行く。 第7回 福島の農業の未来を創るレストラン/鈴木光一さんの野菜と福ケッチァーノ──郡山にて この連載について

郡山のカリスマ野菜農家

「郡山には、鈴木光一さんという、カリスマ農家がいます」

 震災から間もない2011年4月、そう教えてくれたのは、郡山市にある永和学園 日本調理技術専門学校(以下、日調)の鹿野正道先生だった。
 当時はまだ東北新幹線も不通のままで、交通網も混乱状態。それでも東北の生産者の生の声が聞きたいと、私は電話でインタビューに応じてくれる人を探していた。福島県で最初に電話した人は、かつて新橋の居酒屋で遭遇したことがある大玉村の米農家・鈴木博之さんだった。当時は東京電力福島第一原発の事故により、茨城や千葉の農家でも、育てた露地野菜をすべて抜き取り廃棄する、そんな事態に陥っていた。福島県で野菜を栽培する人たちは今、どうしているのだろう? でも、私には野菜の生産農家に心当たりがない。そこで以前から、この調理師学校で講師を務めている奥田政行シェフに尋ねると、
「それなら、日調の鹿野さんに聞くといい」
 と教えられ、その鹿野先生に紹介されたのが鈴木光一さんだった。
 いきなり「カリスマ」だといわれても、その根拠がわからない。まだ面識もない鹿野先生に電話し、
「何をもって、“カリスマ”とおっしゃるのですか?」
 と尋ねると、
「私がカリスマだと思うから、カリスマなんですっ!」
 ときっぱり断言する。その声には、迷いもためらいもまったくなかった。専門家が言ってるのだから間違いない。とにかく「野菜の鈴木さん」に、電話でお話を伺うことにした。

種屋もやってる野菜農家

 鈴木さんは、「電話で初対面」にも関わらず、震災直後の野菜と農家の状況を、実に明確に答えてくださった。鈴木さんの畑は、郡山駅から西へ7キロほどの場所にあり、多品種多品目の野菜を栽培している。震災時、郡山周辺は震度5弱。地震そのものの被害は少なかったものの、原発事故の影響で、露地で栽培したホウレン草は抜いてすべて破棄。その他の野菜も、出荷停止の状態が続いていた。
 当時は今ほど検査体制が整っていなかったが、郡山市の若手農家のリーダーである鈴木さんの元には、いち早く県の職員がやってきて、畑にあったキャベツを持ち帰り、検査機にかけた。それでも放射性物質は検出されなかった。
 鈴木さんは、野菜の生産農家であると同時に、祖母の実家が経営していた伊東種苗店を継承。シードアドバイザーの資格を取得し、野菜の種や苗を販売している。例年ならば、種蒔きシーズンの4〜5月は、かき入れ時のはず。ところが、
「今、ハウスでは春植えの苗が育っていますが、これからどう作付けしていけばよいのか。農家や家庭菜園のお客様は、苗を買ってくれるのか。戦略の立てようがない」
 と、混乱した様子。それでも、その時点で考えられるあらゆる手だてを使い、作物が放射性物質を吸収しない栽培方法を探っていた。そして、
「福島でなくフクシマの名は、ヒロシマ同様世界に知れ渡りました。いつか震災と原発事故を乗り越えて、クリーンな野菜を作れる産地なんだと言える日が来るように、取り組んでいきたい」
 と断言。私はまだ、鈴木さんの顔も野菜も畑も見ていない。だけどやっぱりこの人は、「カリスマなんだ」と思えた。

郡山のブランド野菜たち

鈴木さん 種屋と直売所
 

 ようやく郡山の鈴木さんを訪ねることができたのは、その年の10月28日だった。  農場の入口に小さな直売所があり、種や苗を販売している。そこに並んでいるのは「郡山ブランド野菜」。郡山農業青年会議所のメンバーを中心に、若手農家30人が集う「あおむしくらぶ」のメンバーが、郡山市の新たな特産品をつくろうと、2003年から、野菜のブランド化に取り組んでいて、震災前に次の7つの野菜のブランド野菜が登場していた。

「御前人参」は高カロテンで甘みが強く、絞っただけでジュースとして飲めるニンジン。
「緑の王子」はアクの少ないホウレン草。短時間の加熱で食べられ、栄養価の損失が少ない。他のホウレン草と栽培していても真っ先に鳥に食べられるほど、甘みが強いという。
「冬甘菜(ふゆかんな)」は、寒じめのキャベツ。冬の寒さにあたって凍らないように、キャベツ自ら糖度を上げて凍結を防ぐ。芯まで甘く生で食べられる。
「ハイカラリッくん」は、白ネギと青ネギの中間的な中ねぎ。通常の白ネギよりも、青味の部分が多く、熱を通すと甘みがぐんと増す。
「ささげっ子」は、甘みとやわらかさを併せ持つインゲン。料理の主役を張れるほどの食味と存在感を持つ。
「佐助ナス」は、生で食べても遜色のない、やわらかさと味わいのナス。ネーミングの元となった「さすけない」は、地元の言葉で「問題ない」「大丈夫だよ」の意。昨年の大河ドラマ「八重の桜」でもお馴染みとなった。
「グリーンスウィート」は、鮮やかな緑色の枝豆。茶豆をはじめ、さまざまな枝豆が並ぶ農産物直売所で、真っ先に棚から消えるほど、高い人気を誇っている。

 これらの品種は、「あおむしくらぶ」のメンバー自身が、数ある野菜の新品種の中から選んできたもの。ブランド化に際しては、

形の揃いや保存性よりも、本当においしい品種であることを重視して品種を選ぶ。
栽培方法を統一し、生産履歴を徹底して記録することで、品種のブレを解消する。
栽培勉強会を頻繁に開催し、品質の維持に努める。

 などの取り組みを行なっている。郡山の生産者が、郡山の気候風土に合わせて、郡山の人たちの好みに合った野菜をブランド化していく。それが実現できたのは、やはり生産者でありながら種屋の資格も持つ、鈴木さんの存在が大きい。

米一本から、品種力で勝負の野菜農家に

 鈴木さんは1962年生まれで、祖父の代から続く米農家の三代目。東京農業大学へ進み農業経済を専攻。大規模稲作について研究した卒業論文が、学長賞を受賞したほど優秀なエリート後継者で、卒業後は米農家の道をまっしぐらに突き進むはずだった。
 ところが、卒業して郡山へ帰ってくると、かつて「秋田県の大潟村に次ぐ稲作地帯」と呼ばれた郡山市西部に都市化の波が押し寄せ、農地の価格が高騰。同時に減反も行なわなければならず、大規模稲作経営が困難になっていた。
 周囲は宅地化が進み新興住宅地ができていく。いつしかそこに引っ越してきた奥さんたちに、家庭菜園で自給用に作っていた野菜を「譲ってほしい」と求められ、販売するようになった。
「もしかすると、これもビジネスとして成り立つのかもしれない」
 それが直売のはじまりだった。最初は料金箱を置いて1袋100円で販売する無人販売。さらに軽トラックに野菜を乗せて住宅地を回る「引き売り」、お客さんから「かぼちゃも」「枝豆もほしい」と声がかかるたび、栽培する作目がどんどん増えていった。
 そんな鈴木さんが、祖母の実家が経営していた「伊東種苗店」を引き継ぐことになったのは、97年のこと。全国に農産物直売所が林立し、郡山周辺の農家でも直売ブームが起きていた。大産地が大面積で大量に栽培して、都市部へ送り込んでくる野菜とは違う、品種の差別化が求められるようになっていた。
「種の勉強をしたい。直売に適した品種を、郡山の農家向けに販売していきたい」
 そんな思いから勉強を始め、シードアドバイザーの資格も取得した。野菜の生産農家が種も販売している。いつしか品種力を生かした「直売所のヒットメーカー」と呼ばれるようになり、『売れる・おいしい・つくりやすい 野菜品種の選び方』(農文協)という本を上梓するまでに。そんな鈴木さんの元には、種苗メーカーの営業マンや育種の担当者が頻繁に訪れ、最新品種の情報が集まるようになる。自然な流れで発売前の新品種の試作を依頼されたり、育種の担当者と情報交換をすることも少なくない。
「かつては形や大きさが揃って、売場での棚持ちがよく、市場で扱いやすい品種がもてはやされていました。けど消費者が求めているのはおいしさ、鮮度、そして安全性や機能性なのです。真のニーズにマッチした野菜はどれか。それを見つけるのが楽しい。品種力=武器にしていきたい」
 郡山ブランド野菜は、そんな鈴木さんと仲間たちが、見いだし、互いに勉強を重ねながら、栽培してきた野菜なのだ。

 
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プロフィール

奥田政行(おくだ・まさゆき)
1969年山形県鶴岡市生まれ。2000年「アル・ケッチァーノ」を開業。地元で栽培される食材の持ち味を引き出す独自のスタイルで人気を博す。「食の都庄内」親善大使、スローフード協会国際本部主催「テッラ・マードレ2006」で、世界の料理人1000人に選出される。07年「イル・ケッチァーノ」、09年銀座に「ヤマガタ サンダンデロ」をオープン。東日本大震災の直後から被災地へ赴き、何度も炊き出しを実施。今も継続して支援に取り組む。12年東京スカイツリーにレストラン「ラ・ソラシド」をオープン。スイスダボス会議において「Japan Night 2012」料理監修を務める。「東北から日本を元気に」すべく、奔走中。
http://www.alchecciano.com
三好かやの(みよし・かやの)
1965年宮城県生まれ。食材の世界を中心に、全国を旅するかーちゃんライター。16年前、農家レストランで修業中の奥田氏にばったり邂逅。以来、ことあるごとに食材と人、気候風土の関係性について教示を受ける。震災後は、東北の食材と生産者を訪ね歩いて執筆活動中。「農耕と園藝」(誠文堂新光社)で、被災地農家の奮闘ぶりをルポ。東北の農家や漁師の「いま」を、「ゆたんぽだぬきのブログ」で配信中。
http://mkayanooo.cocolog-nifty.com/blog